北海道夏山ガイドブック・夫婦で全山登頂を終わえて


6巻構成だが、全部で11冊買っていた
登頂星取り表。青は私、赤は妻。子供みたいだ


●夏山ガイドブックの224座を24年間かかって、やっと夫婦で全山登頂した。最後の山は夏道日帰り最難関と言われ
ている日高のイドンナップ岳。相当の健脚者でも12時間以上かかっている。我々の力量では無理と判断。作戦を変え手
前の新冠富士山頂テント泊で望むことにした。好天にも恵まれ2014年10月2日登頂。最後の山に相応しい手応えのある山だ
った。
イドナップ岳山頂

●夏山ガイドブックは6巻で構成されているが、改版される度に新しい山が追加される。追加された一つの山に登るため
はるばる遠い所に行くことも度々で、いたちごっこの状態。しかし一つの低山でもなぜか登り終えると達成感はあった。
これからも追加されると思うが、多分登りに行くだろう。今は一区切りついてほっとしている。
●夏山ガイドの他に北海道の岳人が目指している「北海道百名山」がある。これには「山と渓谷社」と「北海道新聞社」
の2社から本がでており、二つあわせると118座ある。今回のイドンナップ岳で二人とも山渓の百名山は全山踏破して
いることが分かった。残るは道新の百名山で、私は3座(知床岳・札内岳・ピリカヌプリ)妻は7座(私+函岳・野塚岳
・北見富士・海別岳)。あまり拘らないが、チャンスがあれば登頂したい。加齢とともに体力が落ちるので無理かなとも
思っている。
山と渓谷社「北海道百名山」
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北海道新聞社「北海道百名山」
●夏山ガイドブックは道新から発刊され、著者は梅沢俊さんと菅原靖彦さん。初心者にも分かり易く、山の本のベストセ
ラー。中でも菅原さん手描きの精緻な3Dイラスト地図は、地形図を見て描くというから驚きだ。やはり全てにおいてこ
の二人はレベルが高い。
●我々が本格的に山に登り始めたのが、私が42歳、妻は41歳。ニセコ沼巡りでイワオヌプリ、チセヌプリ、ニトヌプ
リを8時間で歩いたことだ。これで、自信がついた。今はないNTTのニセコヒュッテに泊まったのが懐かしい。この年
は1990年。夏山ガイド1巻(道央編)の初版は1989年4月。大体一致している。
●私が山のホームページを作り始めたのが49歳。今はブログがあり、誰でも作れるようになったが、ホームページビル
ダーの様な作成ソフトも無かった。会社の同僚からHTML言語で作ることを教えもらい、稚拙なHPを作ったのが始ま
り。今だにHP作成ソフトは使わず、HTML言語で作ることを踏襲している古い人間。私のメールアドレスやHPアドレス
にyoshio49を使っているのは49歳から始めたという思いから付けたものだ。
●今は通信が劇的に進化してネットも光の時代。大きな写真を多く載せても何のストレスも無い。私が始めたころは、電
話回線やISDN64kb/sの時代。小さな写真1枚載せてもストレスを感じる時代だった。いかに写真のファイルサイズ
を小さくするか苦心したものだ。だから古い山行記は小さな写真1枚しか載っていない貧弱なページとなっている。また、
デジカメも無かったので、スキャナーかフイルムスキャナーを重宝した。懐かし過ぎる思い出だ。
●夏山ガイドブックの他に強力な味方が、北海道の山メーリングリスト(HYML)だ。1999年12月に設立され、最初か
らの会員。このメールによる山行情報、そして会員からの刺激で夏山ガイドの山もさることながら、いろいろな山に登る
ことができた。全く考えもしていなかった沢登り、山スキーにものめり込んで行った。山岳会に所属したことがないので、
登山技術はゼロ。少しずつHYMLの仲間に鍛えられ、助けられて中級から上級の山にも挑戦できるようになった。HY
MLの仲間は個性的で人間的に魅力的に溢れている人が多く、私の宝物となった。月1回の懇親会には極力参加するよう
にしている。顔の見えるHYMLは私の人生を変えたと言っても過言でない。
●夏山ガイドの山を夫婦で全山登頂を目指し始めたのは、いつ頃か分からない。夏山合宿と称して、7月中旬の一番暑い
時季に夏期休暇を取って、4泊ぐらいして、あっちこっちの山を登り歩き体力をつけた。汗をだらだら流し、芋づる式に
登ったことが懐かしい。
●全山踏破できた原動力は自分のHPの更新かもしれない。目標とする山をHPに掲載して登頂する毎にその山を塗り潰
していく。私は人前での自己主張は苦手なので、HPが私の存在そのものとなった。更新作業は大変だが、あとから自分
にとっても貴重な情報となった。アクセス数が増えていくと、なお元気がでて、夜遅くなっても更新作業をしていること
が多かった。
●一番良かった山はと聞かれれば、やはり夏山ガイド最難関の1839峰。山中二泊、何から何まで素晴らしかった。二
番目と聞かれれば、フィナーレの山だったかも知れないが、イドンナップ岳。三番目は何だろう。クチャンベツからのト
ムラウシ山か、小樽からフェリーに乗って行った利尻山か、額平川を渡渉して登った幌尻岳か、八の沢二泊したカムイエ
クウチカウシ山か、夏山ガイドにも百名山にも掲載されていないエサオマントッタベツ岳か。それぞれ甲乙つけがたい名
山だ。7月上旬、咲き乱れる花々を愛でながら歩く大雪山も言うまでもない。
コイカクシュサツナイ岳夏尾根頭から1839峰を望む

●大変だった山と聞かれれば、道南の白水岳と隣りの冷水岳を思い出す。どちらもダニが多いと聞き、白水岳は涼しい6
月、冷水岳は同年の10月末に登る。白水岳の藪漕ぎはそれほどでも無かったが、冷水岳は雪が付いた本格的な笹藪漕ぎ
で手が凍えた。何だか修行に行ったような山だった。
●ハプニングと言えば、雄阿寒岳で車上荒らしに遭ったことだ。7万円に近いお金が盗まれ無一文に。さらに免許証から
クレジットカード、会社の身分証明証、定期券、下着、風呂セットなど全て盗まれた。帰ってからの鍵修理代も2万円ほ
どかかった。警察に被害届を出し、我々も両手の指紋を取られた。泊まるホテルが決まっていたので、そこの支配人に事
情を話し泊めてもらい、帰りのガソリン代2万円を借りた。その夕食では、お金は無いが思い切り生ビールを飲み反省会。
泥棒に高い授業料を払ったので、その後は被害に遭ったことはない。
●妻は蚊やブヨ、ダニなどの虫に異常に弱い体質でいつも大変。私は全く大丈夫。一緒に登っていると蚊は私のところに
は近寄らず、全部彼女の方を襲う。特に日高や道南はダニが多く神経を使った。ダニには二人とも何回も喰われた。ダニ
の話しをすれば尽きないほどある。
●羆対策は相手に我々の存在を知らせることに尽きる。登山者が多い山では鈴も鳴らさないが、少ない山は二人で大声を
出したり、笛を鳴らしながら登る。妻は「熊さん、通りますよ!出てこないでね」等とバライティに富んだ呼びかけをす
る。羆の新しい糞や足跡は数えきれないほど見たが、熊に遭遇したことはない。
●宿泊は、最初はホテルや旅館だったが、予約を入れるので雨でも行かなければならない。その後はテント泊。後半は全
て車中泊となった。車中泊は楽。セッテングは10分もかからない。夕食はコンビニで買ったつまみと弁当、ビールとい
つも手軽。今は道の駅、コンビニ、温泉が何処にでもあり、本当に登山者にとっては便利な世の中となった。
●この我儘な夫に付き合ってくれた妻に最大の賞賛を贈りたい。夫婦登山の最大のポイントは、妻が気持ちよく山行に賛
同してもらえるかどうかだ。これが最大の悩み。彼女から山行の要望、山の指定をされたことは一度もない。計画は全て
私。花の綺麗な山に行きたいと言うだけでいつも漠然としている。彼女は早起きが苦手。早起きして片道250kmもある日高
の山を何度か日帰りしたが、2回ほど気分が悪くなり嘔吐した。そのこともあって遠距離の山は前日午後出発、車中泊し
て登ることが多くなった。彼女の体調もあるし、勝手に自分の考えを押し付けることもできない。夫婦の関係は一個人対
個人で日常いろいろと駆け引きがある。その良好な人間関係の醸成、つまりご機嫌取りに普段から務めることが最も肝心
なのだ(涙)。これが功を奏し、「行ってもいい」との一言を貰えば、ほぼ登頂達成と見てよい。
出発する時は渋々だった彼女も基本的に自然に触れるのが好きなので、山に行くと生き生きとしてきて、先頭を歩くこと
が多い。それが結構速く登る。下りも得意。山に行くと独特の動物的勘が働くのか、道を見失った時はリーダーの如く変
身する。幾度となく助けられた。一番象徴的なのは、フィナーレのイドンナップ岳。私は今年中に何とか登りたいと万全
の準備をしていたが、彼女は三国山、リビラ山と登り、そして娘家族が一泊で遊びにきた直後で疲労が重なり、疲れてい
て無理だと言う。私はその時点で完璧に諦めていた。だが予定していた当日の午前8時に突如として行く!と鶴の一声。
年齢的にも無理が効かなくなるし、来年に健康が維持されている保証もないとの言い分。大急ぎで準備して道警にも登山
計画書を提出して午前中に自宅発。最高の天気に恵まれ、登ることができた。いつも興味の尽きない変幻自在、不思議な
魅力の女性が私の妻なのである。
                                            (2014年10月11日記)

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